日本で問題や課題とされる『大人の好奇心の低下』はどうするべきなのか?

   

日本の現代社会における課題や問題点。

多くの方は、ストレスや病気などを挙げるだろう。

更には、子供達の「学力低下」や意欲の低下。

しかし、今回の記事では子供ではなく、大人の問題について解説する。

今回の問題のテーマは「大人の好奇心の低下」

Bumpedia(バンペディア)は大人のワクワクや好奇心を取り戻してほしいというコンセプトのもとサービスを展開している。

そのことから今回は、上記のテーマを記事にすることとする。

大人の好奇心の低下は社会における課題

まずは直感的や感覚的な話ではなく、以下のグラフから明確なデータをを見ていただきたい。

2つの国における比較として若年層では大きな知的好奇心の差はなく、比較的好奇心が高いというデータになっています。

しかし、今回の問題点である、大人の好奇心低下とはどのような意味なのか?

2つのグラフを見比べるとわかりますね?

日本では成人や大人と言われる20歳の好奇心とスウェーデンの60歳の好奇心がほぼ同等という結果になっています。

これらは事実であり、もはや個人だけの問題ではなく、今後の国の成長や経済の発展においてもこの結果は、成長の大きな足かせになります。これらは今後、社会全体の問題や課題と捉える必要がある。

しかし、矛盾するように聞こえるかもしれないが、実は日本の学校教育におけるテストの点数やそれらに関する知識の量は比較的どの国の中でも高水準であるというデータもある。

しかし、この結果について誤解がないよう次の項目で解説しよう。

日本は国や企業に都合の良い「よろず屋を育てたい。」

実はこの事柄については、当記事の執筆者である私も10代の頃から学校教育に対する不信感や違和感の理由となっていた。

先程の日本の教育水準が比較的高いというのはまさにこのことに直結する話である。

いわゆる先程のグラフの知的好奇心のデータは「学校のテストの点数につながるため」の学力の数値を表している。

これは結果として、テストといういわば、すべての学生を社会に出た時に一定の位置に揃えるための準備であり、国や企業は自分たちにとって都合の良いように労働や、就職をさせるためのものである。

いわばこれらを比喩すると社会や会社にとって忠実で都合の良い操り人形やよろず屋とも言える。

裏側の視点で考察すると、社会に出る頃には「自ら思考することをやめてしまう」ということになる。

結果として社会に出る20歳の成人頃にはすでに思考が停止し、好奇心の探求も停止することに等しいだろう。

それらのことからも日本の20歳とスウェーデンの60歳の好奇心が、ほぼ同等という結論に至る。

しかし、これがこの先も続いていくということは、自ら発信していく人間が最終的にいなくなり、新たな価値の創造やイノベーションは更に低迷の一途をたどる。

結果としてブーメランのように国や社会にもこのしわ寄せが必ず起きると言える。

終わりに

この課題を解決すべく筆者は、Bumpediaのプラットフォームを通じて異業種関係なしに多くの課題や好奇心を投げかけあい、様々な人々の人生観や価値観を揺れ動かすような変化を与えあい新たな価値とイノベーションを創造できる場であってほしいと思っている。

好奇心低下の課題を解決するためには、今後多くの人たちが、自分だけではない別の人々の視点や経験、価値観を体験することであり、国や社会の影響を受けない自分たちのコミニュティを形成していくことと言えるだろう。

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