#教師のバトン から見えるもの

   

あなたはTwitterでいろいろなハッシュタグを目にしたことがあるでしょうか?

ある言葉に「#」記号をつけることで同じハッシュタグをつけたユーザー同士が繋がるという仕組みだ。

その中で筆者が最近関心をもって見ているハッシュタグがある。

それが#教師のバトン である。バトンといえば、リレー。第一走者から、次の走者へ、そしてゴールテープを切る最終走者へと託されるもの。

いまこのバトンが無制限に溢れかえっている。誰から誰へと渡されるかも不明なバトン。ゴールテープを切る走者へと渡らないバトン。助けてくれ、という心の叫び声をあげ、みな誰もが手を伸ばしているのに受け取る者が見当たらない。まさに地獄絵図だ。声にならない声で耳を塞ぎたくなる。

私も教員として10年過ごした。その言葉一つ一つに目を通しながら、

そうだよな

そうじゃない

色々な感情が湧いてくる。

子どもたちの成長を願うと決めた教師たちが疲弊し、思考力を奪われ、

疑問を抱いても飲み込まされる。 

自分が空っぽになるまでひたすらに、その日眠りにつくまで、

自分の心と体の優先順位を最下位にしながら日々闘っている。

この世界で一番大切なものは何だろう?

わたしは「人」だとおもう。

その「人」をつくるのは誰?

子どもにとって最初の大人は家族である。

家族の次に出会う大人は?

教師である。

世界と子どもを繋ぐ「ハブ」となり、

「よし君は大丈夫生きていける」そう信じて、子どもを導き、複雑な社会へと送り出していく。

その役を一手に背負うのが教師なのだ。

光を灯した導き手であるはずの教師は、いま一人ずつその明るさを失いつつある。

いや教師だけじゃない。私たちの国の多くの大人が眉間にシワを寄せ、ため息をつき、不平不満を誰かに浴びせている。

光を失っていく大人たちのまわりには、

目の奥に光を灯したばかりの子どもたちがいる。

それでいいのか

これでいいのか

私たちに何ができるだろうか

もう一度、

教師たちが、

私たち一人ひとりの大人が、

その光を強く放つ力を取り戻したい。

停止した思考力を再び起動しよう。

好奇心と問いをもって、

今まで見てきた世界を捉え直そう。

自分の豊かさの先に、

自分以外の誰かの豊かさを願おう。

そんな世界をつくりたい。

足元を見て、

空を見上げる。

私たちの挑戦はそうやって始まる。

Bumpedia Founder 波多野里奈

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